思いがけない乳がん告知、絶望そして混乱した後に、「転んでもただでは起きてはダメ、この際、何かをつかんで起き上がろうではないか!」と思いました。 さあ、幸せの四つ葉のクローバー探しが始まります!
命の大切さ
2008年07月03日 (木) | 編集 |
昨日からみなさんにはご心配をいただき、本当にありがとうございました。

いつの間にかできた素敵な仲間たちと、生かされている今の時間を共有できていること、
そしてたくさん励ましていただける現在の私、とても感謝しています。

さて、昨日の夕方、運転手の方が再度ご連絡をくださいました。
私としては、その時点ではなんともなかったので、病院に行く時にはよろしく…とお願いして
おきました。

夜、夫に話すと、夫は、私の体を気遣うより前に、事故発生時の私の態度をあれこれ非難し
私としては、夫との関係が病気によって改善されてきていると思っていたものの、結局は
たいして変化していなかったのだと確認することになり、事故による体の痛みなどの心配
よりもこちらの方がはるかに、私の心にダメージを与えた感じです。

長男に愚痴ったら、「それも心配の一つの形じゃないの」と言われました。

長男の言いたいことはよくわかりますが、そんな心配なら、私はノーサンキュです。


皆さんにコメントをいただき、改めて考えたのですが、「あ、車が…」という目から脳へ抜けた
認識のあと、ぽっかり抜けていて、次は、自転車を起こし、前かごから落ちたパンを拾って
いる自分しか浮かびませんが、自分の衣服が土で汚れたり、腕で体を支えたりしている
記憶がまるでないところから、どうも私は自転車が倒れる前に、足を抜いてしまったよう
なんです。

車が人間の歩くような速度で出てきていたのと、私の自転車がかなりゆっくり走っていたのが
幸いして、自転車さえ壊れていません。

多分、車に当たったのかさえも、定かではないって感じです。

ゆえに、多少アクロバット的なことをしたので、今朝は少し筋肉痛が出ている部位もありました
が、まあ、それも体を動かすに従って、忘れてくるような痛みです。

慣れた道でも、ぼーっとしてないで、しっかり注意を怠るな・・・という神様のお告げと思い、
これからは、生活のすべてのステージで、しっかりしないといけません。

これぐらいでよかったです、ホント。

しかし、改めて「命」について色々考えてしまいました。
誰にも終りのある命、病気とわかり、その時まで時間を与えられる場合、一瞬の事故で
自分でさえ気付かないうちに、プチッと残りの時間を奪われてしまう場合、その終わり方
には様々な形があります。

今朝、町会で「至急の回覧板」が回ってきました。訃報のお知らせでした。
亡くなられたのは、なんと28歳の方でした。
数年前一緒に町会の役員をした方の息子さんだと思います。二人で話をしたことは
ないのですが、数年前の町会の全体懇親会の時に、「やっと息子が就職しました」と
うれしそうに発言されていたのがなぜか印象に残っています。
亡くなられたのは多分その息子さんだろうと思われます。一体何があったのか・・・。

親が子の弔いをする逆縁…一番あってはならないことだと思います。
同じ年頃の子どものいる私としては、今頃あのお母様やご家族の方たちは、どんな思いで
一秒一秒をお過ごしかと心が痛みます。
今となっては、ご冥福をお祈りするしかないのだけど、神様もひどいことをなさいます。

本当に命の大切さ、今を生かされている素晴らしさを一時も忘れずに、生きていかないと
いけませんね。
今この世界に生きている私たち、命があるというごく普通のことが一番大切なんですね。
今更ながら、こんな出来事で再認識です。

皆さん、命は大切に、日々の生活も大切にしましょう。
どんなに慣れたことでも、緊張感を持って、事にあたりましょう。