思いがけない乳がん告知、絶望そして混乱した後に、「転んでもただでは起きてはダメ、この際、何かをつかんで起き上がろうではないか!」と思いました。 さあ、幸せの四つ葉のクローバー探しが始まります!
気分を変えて・・・ (^_-)-☆
2008年08月04日 (月) | 編集 |
今日は気分を変えて、、、パーッと遊んできました。

・・・と言っても、前から決まってたんだけど・・・。

相棒は、以前住んでいた町のお友達・いつものエリカちゃんです。

今日は、銀座→有楽町→東京駅→八重洲地下街→日本橋というルート。

いつもながら、我らよく歩きます。

しかし、今日は暑かった〜〜〜。

あれこれ見たものの、何も買えずじまいでしたが、お話メインの楽しい時間を
過ごせました。

そろそろ別れようとデパートから出てきたら、なんと空が時間の割に暗い!!

うわ〜、大変だ〜と別れて帰ってきました。

空はどんどん暗くなり、「電車が中途半端に止まったらどうしよう〜」と不安でしたが
なんとかよつば駅まで無事に帰れました。

駅に降りたら、遠くで雷がゴロゴロって感じ・・・雨もパラパラ・・・。

早く帰らないと〜という感じで、いつものスーパーに寄るのを断念して小さなお店で
買い物をして家路を急ぐと、なんと、家の近くに帰ってきたら、道路乾いてたのです。

ほんの数百メートルで、雨が降っていたりやんでいたり、ちょっとびっくりでした。

だけど、おかげで洗濯物も濡れなくて、ラッキー!!

日頃の行いがいいから〜?・・・なんてね。 笑
雨の銀座
2008年03月10日 (月) | 編集 |
今日はリアル友のエリカちゃんと会うことになっていた。
が、朝からの雨、、、、、    

でも、いけばな展の招待状をもらっていたので、仕方なく、「雨でも行きます」と
銀座へ行ってきました。

よつば駅に行ったら、電車が来ない。雨のせいなのか、どこかとどこかの駅の間で
信号がおかしくなったので、点検中とのこと。

15分遅れで電車には乗れたけれど、その後、少しでも早いかと思って、路線を
変更したら、その電車は、朝急病人を運び出したので、遅れが出ているとのこと。
結局待ち合わせ場所には10分遅れぐらいで到着できたけれど、携帯があるおかげで
助かりました。

そういえば、もうずいぶん昔、、、私は銀座の三越ライオン前で、エリカちゃんは日本橋の
三越ライオン前で待っていたことがありました。笑

「あれ〜、今日と違ったんだっけ?」と長い間待っていたら、やっとエリカちゃん登場。

彼女も待てど暮らせど私が来ないので、受付の人に聞いたらしい。
そうしたら、「お客様、こちらは日本橋の三越ですが、ひょっとしてお待ち合わせは銀座の
三越前ということはないですか?」と言われて、銀座へ移動してくれたというわけ。

受けつけのお姉さんがそういうってことは、そういう人が結構いるのかな?笑

                                   


今日は銀座から日本橋まで歩き、そこからまた東京駅まで戻り、新しい大丸を
見てきました。

大丸の中でお茶しよう〜とお店を見て回ったけれど、高すぎて、断念。

八重洲の地下街で、安いケーキセットで粘って話し込んできました。

エリカちゃんと私は同じ年生まれ、ただし私が早生まれで学年は一つ上。

エリカちゃんには、娘が二人、私には息子が二人・・・・・
エリカちゃんの長女ちゃんは、幼稚園のころ、わが長男を好きだと言ってくれたのに、
今は違う人を好きらしい。。。。。(あたりまえだ・・・)

我らの悩みは子育ての大変さ、学業の大変さを卒業して、そろそろ次の段階に入ろうと
している。

悩みは尽きることなく、、、、、果てしなく続く・・・・・。

親は大変・・・・・ときっと、私たちの親もそう思っていただろうなぁ〜。 & 

        歴史は繰り返す・・・・・ってちょっとオーバーか!!
                    まあ、お互いはげましあいつつ、がんばろう!
友さまざま・・・
2008年02月15日 (金) | 編集 |
今回は5泊6日で帰省したわけだけど、完全に自由になるのは中4日。

家族とのお楽しみの日も作っておかないといけないので、半分は友達と会い、
半分は家族とのお楽しみに使った。

友達と会う一日は言うまでもなく、オフ会だったので、あとの一日はやっぱりいつもの
みもざちゃんとなった。

          注意・リアルブログ友mimosaちゃんと、昔からの友達・みもざちゃんは別人です。

転勤族と縁のあった私は、どうしても、学生時代の仲良しグループとは縁遠くなり、
最近は、病気のことを告白するのも、隠すのも嫌なので、ついつい、帰省していないという
ことになってる次第。

みもざちゃんはOL時代の友達だけど、ここ数年は一番の友達で、今回の病気騒動も
最初からやさしい目で見ていてくれる友、今回も楽しく一日過ごせた。
「いつもいつも、ホント、ありがとう!」

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話変わって・・・・・
実を言うと、この帰省前から、私はとても重苦しいネタを抱えていて、時々思い出しては
深いため息をつく・・・という生活をしていた。

学生時代の妹分が思いがけず、私の後を追うように、大腸がんの宣告を受けて、
私の術後2カ月半で手術をした。

お腹を30cmも切る開腹手術になったものの、病理の結果、腫瘍はおとなしい種類の
もので、抗がん剤治療も必要なしとの結果で、胸をなでおろしていた。
で、術後1年にお祝いメールをしたら、なんと「1年検診で肝臓に大きな影があるといわれ、
検査待ち」との返事が届いた。まさに青天の霹靂!

「うっそ〜、おとなしいガンって言ったじゃないの、なのに、どうして??」と私でさえ心は
大きく揺れた。

その後2週間経過しても、なんの連絡もなく、こればかりは「便りのないのは良い知らせ」で
あるわけもなく、毎日落ち込んでいたわけで、、、、

もし悪い方向へ向いていたら、彼女の気持ちを聞いてあげるのが私の使命?
でも、こわいよ〜!…なんてずっと気になっていた。

結局考えた末、行きの新幹線の中から、帰省することは伏せて、「どうしてる? 元気?
私の出番はある?」とメールした。

メールの返事はその日は来なかった。私の不安はますます増大!

結局翌日みもざちゃんとランチの最中にメールが届き、「今日が結果を聞く日で、
今終わりました。経過観察はしていかないといけないけれど、結果は白でした。」と、
メールが届いた。

結局何回もメールを交換したけれど、連休に入り、会うこともできず、帰ってきてしまった
けれど、元気ならまたいつでも会える。

しかしまあ、すごく緊張を強いられた2週間強だった。

本人やご家族の心労はもっと大きかっただろう。

ホントにやっかいな病気。それなりの覚悟はだんだんとできてきているつもりだけど、
やっぱり大変。

◆一年ぶりの再会◆
2007年06月14日 (木) | 編集 |
よつば夫は転勤族です。
最初は川崎でサラリーマン生活を始め、その後大阪へ転勤。

ここで縁あってわれ等は出会いました。

結婚後4年半で兵庫県に転居、その1年後今度は関東へ。

関東へ来たのは、確か昭和62年の夏でした。
最初に居を構えたのは、横浜市緑区でした。(今はもう分裂してないの…)
最後に新幹線で関東に移動するとき、実家の両親が見送りに来てくれました。

当時、もう4才半になって、ある程度のことがわかっていた長男と私は、電車が動き出すと、
涙にくれました。
結婚したとは言え、実家のそばに住んでいた私は、ある意味、その時が旅立ち、自立の時でした。

で、2人で京都まで泣いていたら、夫が怒って・・・・・・
 「泣くなら帰れ!!」 と言われました。

叱られて、二人とも、一生懸命泣き止んだわけですが、あの時・・・・・
 「じゃ、失礼します」と京都で降りたらどうなっていただろうか〜と
今でも思ったりします。

そんな大それたこと、当時のおとなしい私にはとてもできず、一人での子育てが始まりました。
長男は3ヶ月ほど待ち、秋の気配が濃くなった頃にやっと幼稚園に入園を許可されました。
当時はまだ幼稚園も混んでいて、入れてもらうのは大変でした。

幼稚園生活が始まり、翌年母子一緒の遠足がありました。
子供は短期間でも通園生活を始めていたものの、私はその日が幼稚園デビューのような
ものでした。知った顔がないままに、バスに乗り、遠足へ…。
緊張している私に、「大阪からいらしたんですか〜、私も大阪なんですぅ〜」と声をかけて
くれたのが、エリカちゃんでした。
エリカちゃんは2人の女の子のお母さんでした。で、娘さんがうちの息子を気に入っていると
話してくれて、そこから付き合いが始まりました。

もうあれから20年・・・。
仲良くじゃれあっていた子供達は、3人が社会人になり、あと一人、我が家の次男も
来年から社会人です。
私達も確実に20才、年を重ねたわけです。私達、偶然にも同じ年の生まれでした。

途中で私達が今の地域に転居して、それからは、渋谷でよく会いました。
ランチを食べて、ウィンドーショッピング、そして、子供達の帰宅に合わせて大急ぎで帰宅。
渋谷がいつの間にか銀座になりました。

                                  

今日1年ぶりに会ってきました。
三越のライオン前、、、いやはや1年ぶりの再会はちょっと言葉にならないぐらい感激でした。
まぁ、泣き崩れるのも恥ずかしいから、適当にササッと再会の挨拶は済ませてしまい
ましたけどね。笑

去年の秋から、エリカちゃんは、いつもいつも、さりげなく元気をくれました。
私を特別扱いするでなし、ごくごく普通に接してくれて、とても嬉しかったです。
職場の人で数人、同じ病気を患ったものの、元気にされている例を話してくれて、
「大丈夫よ、よつばちゃん」と何度も言ってくれました。
ありがたかった〜。ホントにありがたかったんです。

「気の毒で見てられない」なんて言われたこともあり、病気を告白することの難しさを思い、
凹んだときもあったのです。
いろんな人がいて、いろんな反応があり、正直耳を疑うような言葉も投げかけられたけれど、
エリカちゃんはいつもさりげなく激励してくれたのです。

これぞ、友達と思います。ホント、ありがとうね!

で、今日は銀座から日本橋まで歩き、高○屋&コ○ドに行き、また日本橋から銀座に戻る
途中に休憩して、銀座では、プラ○タンで、買い物をして帰ってきました。

また7月にも会おうね…と言って5時前に別れてきました。
楽しかった〜、あんなに歩いても疲れていない私。体力ついてきました。嬉しいことです。

ノンちゃん情報
2007年01月28日 (日) | 編集 |
昨日の夜、そろそろゲロゲロ来るか…と怯え始めていた頃にメールが…。

なんと気になっていたノンちゃんからでした。

「生きています」だって

腹腔鏡で手術予定、6cmの傷ということだったらしいのですが、トラブルがあり、
結局開腹手術となったようです。

実に30cmの傷、しかし、徐々に回復してきて、痛みも少しずつ引いているらしいです。
点滴を引きながら歩くのが大変らしいけど、歩いているみたいだし、良かったです。

モコちゃんには「先生に知らせてくれてありがとう、先生がいなかったら、
私、手術前に崩壊していた」と連絡してきたそうです。

私へのメールにも、感謝の意が書かれていて、「私ももしこれからガンの人が
周りに出たら、元気付けてあげられる人になります。それが先生へのご恩返し…」
なんて書いてありました。

いや〜〜〜、そんなに言われると、照れるじゃないかぁ〜!
ホントによかったです。あとは、若いし、回復するのも早いでしょう。
退院されたら、懐かしい声を一度聞いてみようと思っています。

その時に、厳しく、「もう先生と呼ぶな!」というつもりです。笑

皆様にも色々ご心配をおかけしました。
本当にありがとうございました。

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ドキドキ・・・
2007年01月23日 (火) | 編集 |
今日はノンちゃんの手術の日。

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何時からか聞き忘れたけれど、この時間、もう終わったか、手術中。
まだ始まっていないということはあるまい。

なんだか朝からドキドキ、ソワソワ、時計ばかりに目が行く。

私の手術の時は、自分のことで精一杯で、周りでこんな風にドキドキしてくれていた
人たちのことまで気がまわらなかった。
今頃、感謝の気持ちを感じている。

私の経験などたいしたことはないけれど、
「手術は寝ている間に終わる、手術の日にがんばらないといけないのは、執刀医と
手術スタッフ。ノンちゃんががんばるのは、目が覚めてからよ」と激励したのだが、
私に心の内を吐き出して、ずいぶん精神的に楽になったと言ってくれた。

自分が大きな病気をして、この経験をしたからこそ、後に続く人にやさしく接して
あげたいと思ったけれど、こんなに早くその時が来るとは、思いもしなかった。

彼女いわく、多分、目が覚めてからも、自然にがんばれるでしょう…とのこと。

彼女はモコちゃんには、入院したことを連絡もしていなかった。
やはり、あの頃の私と同じく、健康な人を「対岸の人」と思い、その存在を遠く
感じているのだろう。

病気は決してよいものではない、できれば、付き合いたくなかったけれど、
こういう風に、この経験から人をいたわれるようになったのは、神様から与えられた
使命なのかもしれないなぁ〜。

順調な回復を祈るばかりである。